それは、一昨年、75歳で亡くなられましたが、Tさんという方です。
Tさんは、お酒が好きな人で、55歳の頃、酔って、駅のホームから転げ落ちて電車に轢かれてしまいました。大変な事故で、Tさんは両足とも、膝から先を失いました。死んでもおかしくない大事故から九死に一生を得た体験でした。病院で治療を受け、半年後には退院しましたが、足の傷は完治せず、義足生活となりました。
体が不自由となり、生活費を稼がねばならないと焦り、10年以上憂鬱な日々を過ごしました。そんな折り、お姉様から、人生のためになるお話を聴かせてくれるところがあると、生長の家を教えられました。「天地一切のものと和解せよ」という教えにふれたことで、お世話をして下さる奥様の存在や、両足を失っても生かされている自分の生命、動いてくれる自分の身体に感謝し、生まれ変わったのです。
また、身体の自由を奪われて、どこにも行けず、悶々としていたTさんに移動の自由と生きる希望を与えてくれたのが自転車でした。
義足をはいて、自転車に乗ることが出来たのです。Tさんはクロスバイクに乗ってどこにでも行きました。30km走ってお墓参りに行ったり、10㎞離れたわが家にも、よく自転車で遊びに来てくださいました。松葉杖をついて電車に乗るよりも、自転車の方が移動しやすかったのです。
Tさんは、いつも、「自転車があって良かった」と心から自転車の素晴らしさを語ってくれました。自転車に乗ることにより、体の調子も良く、自分の身体への感謝も深まったと仰っていました。僕が5年前、仲間に勧められて、はじめてクロスバイクを購入したときも、とても喜んでくれて、整備の仕方等、いろいろと手取り足取り教えて下さいました。
Tさんにとって自転車とは、公民館に書道を教えに行ったり(Tさんは書道の先生でした)、買い物に行ったり、病院に通ったり、生きることそのものでした。五体満足のときよりも、毎日が充実したと言っていました。
感謝の心と自転車で、両足切断の逆境を乗り越え、笑顔で生活されていたTさんのことを想い出すと、色々と言い訳を重ねてなかなか自転車に乗ることができなかった自分のことが恥ずかしくなりました。
私も、もっともっと、自転車を生活に生かして行こうと思います。
SNI自転車部事務局 河野 知足